252 生存者あり

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映画に限らず、何か同じ作品を見て、

感動できる人とできない人に分かれるのはなぜだろうか?

「映画」を一つの光源とするならば、

「感動」とはその光に対する反射作用によって生ずるものだ。

光の種類というよりも、

その光を反射させる事のできる“鏡”を持ち合わせているかどうかが肝心になる。

そしてその鏡がどこにあるのかと考えてみれば、

映画を見る自分自身の中に他ならない。

映画の良し悪しは、単にその映画単独では見えてこないものだ。



もし今の自分に、「守りたい大切な人」がいたとしたら、

この映画に対する印象もまた変わったものになっていたかも知れない。



それにしても、作家に対して、

「この人ありきで書きたい」とまで思わせてしまう

伊藤英明の放つ“陽のオーラ”というのは、

やはり納得させられるものがあった。

山田孝之もうまいねぇ。