読書の流儀

最近、改めて「意識して」本を読むようになって、ふと考えました。

自分にとっての「読書」って何だろうか?

読書という過程において、最もワクワクする瞬間とはいつだろうか?

そこで頭に浮かんだのが“出会い”というキーワードでした。

自分はなぜ、その本を読むに至ったのか?


その経緯をしっかりと説明でき、

嬉々として誰かに話せるような本に出会えたときは、本当に幸せだと思います。


「たまたまある1本の映画を見て、ある俳優に惹かれて、

その俳優のインタビューが載っている雑誌を読んで、

その雑誌の中で、誰かが薦めている本に出会う。」

「全く別々の人が、全く別々の場所で、同じ本について語っていた。」


その過程が長ければ長いほど、魅力的に思う。


「売れているから」「平積みされていたから」

そのような本との出会いも、大切だろうけれど、

やっぱりその出会いにドラマがあればあるほど、

その本から得られるものも大きいと思う。


自分で選んだ経緯を説明できる本というのは、

少なくとも「読まされている」本ではないということ。

読書をする上で大前提となる条件は、

自分が「能動的に読んでいる」という意識を持つことじゃないだろうか?

もし、その本との出会いが単純なものだったとしたら、

勝手にドラマを作ってしまうのもありだと思う。

「これこれこういう理由で、読んでいる」

と言い聞かせながら読むのも、効果的かもしれません。



そして、前述の例えでいえば、

最初に見た映画だって、それを見るに至る過程があったわけだし、

今読んでいる本も、次につながる過程のはずです。

そうやって、いろんな出会いが有機的に繋がっていくということは、

実に楽しいことだなと思います。



余談ですが、

日本人が他の国の人よりもたくさん本を読む理由って知ってますか?

ヒントは、“Book”という単語。

答えは、次回の更新で!